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~春季号~ アンクル・トム

2015年04月01日

2015年4月1日

子どものころラジオにかじりついて聴いた「アンクル・トムの物語」。

 

「神様は知っていなさる、ワシらの心を見てなさる…。」

 

このテーマ曲は今でも頭にこびりついている。あのアンクル・トムの声優は誰だったんだろう。子供心に、怒り、涙し、いま思えば強烈に矛盾を感じた物語だった。

 

この原作はハリエット・ビーチャー・ストウによる『アンクル・トムの小屋』。奴隷制による黒人の、虐げられた酷い暮らしの中で、どんなに辛い境遇でも神を信じ続け、正しくあろうとするアンクル・トムを通して描かれた物語だ。「神を信じる心」の強さと、不思議さを、子供心に教えてくれたはずなのだが、その神を信じるまでに至らず、長じた今も筆者は無宗教である。

 

元々『アンクル・トムの小屋』が刊行されたのは1852年。奴隷制度をめぐって起こったアメリカ南部と北部の争い、つまり南北戦争の直前だった。

 

「この方がこの大きな戦争を引き起こした小さなレディですね。」

 

作者の女流作家ストウがリンカーン大統領から声をかけられたという”伝説”が残っているほど、発売された当時、かなりのベストセラーになり、人々の心を奴隷制廃止へと動かし、南北戦争のきっかけを作った本だと、そんな風に言われたこともあるそうだ。

 

『アンクル・トムの小屋』は、白人から奴隷として扱われ、 個人の尊厳を持てなかった黒人の、今まで描かれることの なかった”心”を描き、当時の人々の正義の鐘を鳴らし続 けた感動的名作だった。

 

収穫ノルマに達しなかった仲間の黒人女性を、ムチで打て! と命じられた黒人奴隷のアンクル・トム。 しかしそれは、正しい行いではないから自分には出来ないと断ります。 なんという奴だ。1200ドルでオレはお前を買ったのだから、お前はもう身も心もオレのものだ、言うことを聞け!と農園の主人に怒鳴りつけられたアンクル・トムは、こう叫びました。

「そうじゃねえ! そうじゃねえ! そうじゃねえ! ワシらの魂はあなたのもんじゃねえです、旦那様! あなたはワシらの魂まで買ってねえですだ! 魂を買うことなんかできねえです! ワシらの魂を守ってくださる方によって、すでにワシらの魂は贖われていますだ。どんなことがあっても、どんなことがあっても、あなたはワシらを傷つけることはできねえですだ!」

 

物語はこんな書き出しで始まります。 身を切るように寒い2月のある日の夕刻、ケンタッキー州の田舎町でのことだった。立派な家具をしつらえたある屋敷の食堂で、2人の紳士がワインを傾けながら座っていた。傍らに使用人はおらず、2人は椅子を間近に近寄せて、ひどく真剣な面持ちで話し合っているようだった。 この家の主人シェルビー氏と奴隷商人のヘイリーが、奴隷売買についての話をしているのだった。部屋の外からたまたまそれを耳にした使用人エライザは、わが耳を疑った。

 

シェルビー氏が、信心深く真面目で正直なアンクル・トムと、エライザの息子のハリーをセットで売るためのやり取りしているように聞こえたからだ。 エライザはこの家で奴隷として使われている黒人女性ですが、シェルビー夫人からは大切にされています。

 

シェルビー夫人は、慌てて駆け込んで来たエライザが切り出す心配を、すぐに笑い飛ばしてくれました。「ばかげたこと言わないでちょうだい! 絶対にそんなことはありえないわ」と。

 

ところが、この家の財政状況は、シェルビー夫人が思っていたよりも圧迫していたのです。シェルビー氏は、奴隷を売ってでも、何としてでもお金を工面しないと、借金で首が回らないのです。

 

エライザには、ジョージ・ハリスという夫がいました。ジョージは奴隷である自分の身に絶望しています。 「だめなんだ、エライザ、まったく惨めなもんだ! 本当に惨めなもんだよ! 俺の人生は、まるでニガヨモギを食わされているみたいに、苦い。火のなかにいるみたいだ。俺は貧しい、惨めな、頼るすべのない下働きだ。一緒にお前の人生までだめにしてしまうだろう。本当にそうなんだ。俺たちが何かをしよう、何かを知ろうと努力しても、そんなものが何になるんだ? 死んだほうがましだ!」

 

ジョージはエライザとは別の主人の所で使われている黒人奴隷ですが、頭がよく、主人から派遣されている麻布工場では、麻の繊維を洗浄する機械を発明したほどの人物だった。

ところが、そのジョージの賢さが主人は気に入りません。シェルビー氏の所のエライザと結婚していることも不愉快です。そこで、エライザから無理矢理 引き離され、別の女性と一緒になるか、遠くへ売り飛ばされてしまうかすることとなったのです。

 

それを知ったジョージはついに主人から逃げ出すことを決意します。カナダに行ってお金を貯め、妻と息子を買い戻そうと思ったのです。 夫が捕まることを心配したエライザにジョージは、「捕まりはしないよ、エライザ。捕まる前に、おれは死を選ぶ! 自由になるか、死ぬかだ!」と言ったのでした。こうしてジョージは逃亡奴隷となったのです。

 

若い母親エライザは、息子のハリーと別々に 売られる危機から逃れるため、決死の覚悟で オハイオ川に張りつめた氷に飛び移り、氷伝い に対岸のオハイオ州へ逃れます。 犬を連れた追っ手が迫る中、行き場を失った エライザは、一歩間違えれば転落してしまう 流氷の上を、必死で歩き始めるのです。 我が子と引き裂かれたくないエライザもまた、幼い息子ハリーを抱えてシェルビー氏の元を抜け出し、逃亡奴隷となったのでした。

 

手配書がまわる中、逃亡を続けるジョージは、前に働いていた工場の持ち主、ウィルソン氏と偶然会ってしまいました。逃亡奴隷を禁じる法律もあり、ジョージのことを心配し、また、逃げ出したことを戒めるウィルソン氏に対してジョージはこう言います。

 

「ウィルソンさん、インディアンがやってきて、妻子からあなたを引き離して捕虜とし、彼らのために鍬を持って一生とうもろこし作りをさせることにしたとしましょう。それでも、与えられたその状態に安んじているのが、あなたの義務だとお考えになりますか?迷い馬を見つけたら、それこそ神様の思し召しと考えて逃亡するのではないですか、いかがですか?」

 

一方、シェルビー氏とその息子の、いつかまたお前を買い戻してやるという約束を胸に、アンクル・トムは売られていきました。 あるとき、川に落ちてしまった少女を救ったことが縁で、アンクル・トムは、その少女エヴァの父、オーガスティン・セント・クレア氏の奴隷となりました。

 

セント・クレア氏は報われなかった愛を胸に抱え、怠惰で絶望的に生きている 人間で、酒に溺れ、信仰心を持っていません。 姿こそ美しいものの、ヒステリックで病気だと言って寝込んでばかりいる妻マリーとの間も、うまくいっていません。マリーがそんな状態なので、家政を預かっているのは、セント・クレア氏のいとこにあたるオフィーリア嬢。

 

ある時、奴隷制に反対し、理想論ばかり唱えるオフィーリア嬢の前に、セント・クレア氏はトプシーという主人から虐待されていた黒人の少女を連れて来ました。トプシーは誰かが注意している時は何でもしっかりやりますが、ここではムチで打たれないので、段々手を抜くようになります。おまけに手癖が悪く、すぐ物を盗んだりするのです。

 

オフィーリア嬢が叱りつけると、トプシーは盗んだ物を次々と告白しました。ところが、トプシーが盗んだと言っていたものが、実際はなくなっておらず、困惑するオフィーリア嬢。

「だって、奥様が白状しなきゃいけないって言ったけど、あたいには、他に白状するものが思いつかなかったんです」と言うトプシーを、オフィーリア嬢は正直持て余してしまいます。

 

そんなトプシーやアンクル・トムなど、奴隷に対しても常にやさしく接していたのが、セント・クレア氏の娘エヴァだったのでした。信仰心厚く、偏見の目を持たない純粋なエヴァの態度は、周りの人々に大きな影響を与えていくこととなります。

 

やがて、その忠実な働きぶりが認められ、また、エヴァの強い願いもあって、ある朝、アンクル・トムは自由の身になることが決まりました。

 

「一番いいものを持っていても、それが他人のものであるより、ボロの衣服とか、あばら家とか、何もかも粗末なものであっても、自分のもののほうがいいんです」と、喜ぶアンクル・トム。

 

しかし、その後次々と思いがけないことが起こり、アンクル・トムは奴隷に対して厳しいことで知られる別の主人の元へ、また売られてしまいます。

 

肉体を痛めつければ言うことを聞くようになるだろうと考えている白人の主人と、たとえ殺されても間違ったことはしないと決めている黒人のアンクル・トム。壮絶な人生の中で、彼はひたすら神に祈り続けます。

 

白人と黒人、富める者と貧しい者、宗教心を持つ者と持たない者、様々な形で善と悪のぶつかり合いが描かれ、理想論がいかにもろく、崩れやすいかも突きつけます。

 

このようにこの作品は、黒人奴隷の問題をテーマとした宗教的な物語なのです。 先のリンカーンもアンクル・トムもケンタッキーで生まれ育ちました。ケンタッキーは南部奴隷州で、その北部は自由州のオハイオ州だったのです。

 

「神様は知っていなさる、ワシらの心を見てなさる…。」

 

たとえ神や仏の存在を信じない無宗教でも、人の人たる道はただ一つ。それは「自由と平等」。それを求める人間の本能を奪うことはできないし、「平和」を希求する心を踏みにじることはできないということではないでしょうか。 アンクル・トムは今でも私たちの心に棲みついているのです。 (完)M・F

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