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象の耳 ~春季号~ アンクルトムの物語

2023年04月01日

子どものころ、ラジオから流れてくる「アンクルトムの物語」を夢中で聴いていた。今でも鮮烈に憶えている。

物語は初老の黒人奴隷トムの数奇で不幸な半生を描いていた。

あらすじはこうだ。

シェルビー家に仕えていた黒人の奴隷トムは、主人の息子ジョージから慕われて幸福な日々を送っていたが、そのシェルビー家が生活に困窮したためにジョージと別れて、その身は売られていくことになる。

売られていく途中、船で出会った白人少女のエヴァンジェリンを救ったことで彼女と仲良くなり、友達として愛される。

しかし、その後にエヴァンジェリンは病死し、トムのよき理解者だったエヴァンジェリンの父も事故死してしまい、トムは奴隷に冷たかったエヴァンジェリンの母によって悪辣な農場主レグリーに売り払われてしまう。

レグリーの元で残虐な扱いを受けたトムは、最後にはレグリーに暴行されてついには死亡する。

死の直前にトムは、彼を買い戻しに駆けつけたジョージと再会し、そのジョージによって丁重に葬られた。

義憤にかられたジョージは奴隷解放、奴隷制度廃止の運動に身を投じる。

当時のアメリカは奴隷解放問題南北分裂の危機を抱えていたため、この運動は大変大きな反響を呼び、奴隷解放への世論を喚起する一方、奴隷制の擁護論者からは激しい批判を浴びせられた。①

やがてアメリカは、奴隷解放問題を一つの引き金にして南北戦争に突入する。

そこに至る上で本作の存在は無視できないものがある。

その影響の大きさは、後年の開戦後にエイブラハム・リンカーン大統領が作者のストウ夫人と会見した際、「あなたのような小さな方が、この大きな戦争を引き起こしたのですね。」と挨拶したという逸話からもうかがい知ることができる。

しかしこの作品は、黒人奴隷問題の摘発の書として知られているが、一方でキリスト教色の非常に濃い宗教小説との評価もある。

エヴァンジェリンを天使、レグリーを悪魔と見立てれば、受難し、それに耐え忍び、自らを殺そうとするレグリーをも赦し、2人の凶暴な男に囲まれて亡くなってしまうというトムの最期は、イエス・キリストをモチーフとする解釈も可能なのである。

エヴァンジェリンにしても、ただ幼い死によって話の悲劇性を際立たせるだけの存在ではなく、年齢の近い黒人少女トプシーの精神を救い、その様は周囲の大人をも感化する小さな伝道者(エヴァンジェリスト)と解釈できるのである。

アンクルトムの従順な態度は一見脆弱な存在に映ることもあるが、実際にはイエス・キリストの受難になぞらえているのであって、決してトムを弱い存在として作品自体は描こうとはしていない。

一方でこういう見方もあるようだ。

作中のトムの従順な態度から、公民権運動以降のアメリカの黒人の間では、この作品に対する評価が否定的なものに変化しているそうだ。

現在、黒人の間で通常「アンクル・トム」とは「白人に媚を売る黒人」「卑屈で白人に従順な黒人」という軽蔑的な形容を意味しているとする意見もあるらしい。

また黒人と同じく合衆国の被差別民族であるインディアンたちは、これに呼応して「白人に媚を売るインディアン」を「アンクル・トマホーク」と呼び、 また、中国系アメリカ人は同様に、「白人に媚を売る中国系アメリカ人」を「アンクル・トン」(Uncle Tong)と呼ぶらしい。

あのモハメド・アリは現役当時、黒人への差別を色濃く残していた白人社会に激しい嫌悪感を抱いており、ネイション・オブ・イスラムに入信して対決姿勢を明確にしていた。

そのため、白人社会に表立った不満を言わず従順でいる対戦相手の黒人選手を「アンクル・トム」と罵っていた。

彼の白人社会への憎悪は強く、ライバルだったアーニー・テレルがわざと旧名の「カシアス・クレイ」と呼んだことに激怒して、判定まで「俺の名を言ってみろ!」と叫びながら徹底的に痛めつけ、試合後には「奴隷の名で俺を呼んだ罰だ」と発言したほどだった。

ともあれ「アンクルトム」は、幼いころから筆者の人格形成にいろいろなサジェッションを与えてくれた名作だった。

(完)

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