株式会社 雅夢

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~春季号~  テイ君

2019年04月01日

妻が言った。

「マーケットにとても良い子がいますよ」

ある日、そのマーケットを訪れた。

遠くから見つめ、近くによ寄って、それとなく彼を観察した。

なるほど、なるほど 妻の言うとおりとても良い子だな。

彼、ネームプレートには「テイ」と書いてあった。

テイ君に感心したことはこういうことだ。

彼はレジのチェッカーを務めている。

もちろん空いた時間は商品棚の整理とか、品出しやダンボールの折り畳みなど、マーケットの仕事は多様だから、いくつもこなしているのだろうが、残念ながらその業務ぶりは見たことがない。

ここではチェッカー業務のことである。

「いらっしゃいませ。こんばんは!」

彼の明るい声が店内に響くと同時に、彼はお客一人ひとりにペコリと頭を下げながら笑顔で応対する。 お年寄りの買い物品や瓶缶類など重そうな品物を買い求めたお客のカゴは、清算が済み次第、彼がさっと最寄りのカウンターに運ぶのである。

「ありがとう!」というお客に、彼は「どういたしまして!」とほほ笑む。

そして急いでレジの持ち場に戻り、次のお客に「お待たせいたしました」いらっしゃいませ。こんばんは!」と続けるのである。

いつもニコニコ、低姿勢でほんとに手際が良い。

そんな彼の応対ぶりに好感を抱いて、先客が多くても、わざわざ彼のいるレジに並ぶお客もいる。

混雑するかと思えば手際が良いからそうでもない。

つまり彼は人一倍働いているのだ。

それでいて彼だけ他人より時給が高いとかはないはず。

やってもやらなくても時給は変わらないのに彼は一生懸命働いている。

それも明るく、ニコニコ、ハキハキと。

一度だけレジ前で彼に短く訊いたことがある。

君はどこの国の人?学生?

「私は中国人です。」 「留学生でアルバイトです。」

はにかみながら彼は答えた。

中国人=昔は貧乏、今はお金持ち⇒マナー知らず⇒傲慢⇒頑固な民族…。

いまや嫉妬と羨望が混ざっているのだろう、来日する中国人の評判は日本人にとってマイナーなものが多い。

それも面白おかしくマスコミがたきつけるものだから、ほんとにそうだと思い込んでいる向きもある。

しかし、テイ君のように苦学してアルバイトを掛け持ちし、この日本で勉強している中国人の若者も多いのである。

監視カメラやAIの普及でマーケットもそのうち無人化されるかもしれないが、人と人がふれあう現場が無機質なレジ音だけの店舗でよいのだろうか。 つくづく考えさせられる。

たまたまアクセスしたその店の親会社のHPにご意見投稿欄があった。

何気なく「あの店のテイ君はすばらしい。この人材を大切にしてほしい。」旨のメールをした。

早速 親会社から伝わったのだろう、当該店舗の店長からメール返信があった。

要旨は 「テイさんの件でお褒めのお言葉をいただきありがとうございます。彼はこれまでも多数のお褒めをいただいており、当社の社内報にも掲載されています。今後も彼をお手本に全従業員がお客様に喜んでもらえるような接客をしていきたいと思います。…」

拝読し、続けて返信しようと思ったが、やめた。

会社や上司が彼の努力をわかってくれていたからそれで満足だった。

また、

「今後も彼をお手本に全従業員がお客様に喜んでいただけるような接客をしていきたい」という店長の言葉に感動した。

お客に楽しんで買い物していただくという接客小売業の原点を、店は、彼を手本にして行うという。

その手本の彼は中国人のアルバイトなのである。

もしメールで再送信するとしたら、こう書くであろう。

「彼のような中国人の若者を大切に育ててほしい。もし何かの事情で御社を辞めたらご連絡ください。弊社は三顧の礼をもって、テイ君を迎えますから…」。

<完>

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