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…30年、天安門事件

2019年06月14日

   鎮魂の日から30年と10日。

   30年前の6月4日、人民を護るべき中国人民解放軍が、民主化を求めて集結した学生や一般市民に発砲し、多くの死傷者を出した。

天安門事件である。

あれから30年。

いまだにあの暴挙は許せない。

1989年11月。

事件から5か月後、訪ねた北京の天安門や長安街や王府井に日本人観光客はまったく一人もいなかった。

天安門の欠けたレンガや油シミに呆然とし、亡き胡耀邦総書記の遺影が飾られた英雄記念碑の一部は無残に砕けていた。

ホテルでは当時の北京市長・陳希同氏が書いた「关于反政府暴乱的報告(反政府暴乱の平定に関する報告)」という日本語版の本を無料配布しており、それを読め、と強く勧められた。

一晩で2回半読破した。

なるほど、そういう見方もあるのか…。

しかし、へ理屈をいえば、どうにでも解釈し、誘導できるのだし、頑なに凍り付いた心が、その言に惑わされることはなかった。

何より人民を護るべき人民解放軍が、学生や一般市民に発砲した、この事実は絶対に許せないと憤る感情が優先した。

今思う。

中国人民が求める発展は誰も非難しないし、むしろ協力もしよう。

お互いが豊かになることは理想だ。

その手段としての表現や手法が多少異なろうと、究極に求めるものは同じ。「平和」に勝る喜びはないのである。

その平和は、自由な発想、自由な言論を栄養とし、異なる意見に耳を傾け、その意思を尊重した上の粘り強い議論から構築される。

したがって中国は、30年前の暴挙を永遠に猛省し、人民一人一人の声に耳を傾け、人民一人一人を大切にする国家、いわゆる「人民に奉仕する」姿勢を、あらためて思い出さなければならない。

中国の歴史や文化を愛し、今でも中国に携わり続けるからこそ、いやこの世に中国人ほど底抜けに明るく、人が良い親切な人間はいないとさえ思える友人をたくさん持っている私たちだからこそ、断固として譲れないものがあるのだ。

30年前の天安門事件。

あの暴挙は許せないし、絶対に繰り返してはならない。

 

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